The World is Our
Playground !

MENU
  • facebook
  • twitter

コラム

秘境・ネパールの風に吹かれ、僕はココラブルの一員になった

s

新入社員研修というと、どんなものを想像するだろうか。

会社の制度や仕組みの説明を受けたり、ビジネスマナーの講習を通して、会社で働くために最低限必要な知識を身に付けていく。こんなイメージだろうか。

僕もそうだった。
だから、「海外研修でネパールに行く」と聞かされたとき、仰天した。

しみぞう
s
1994年、東京生まれ。好きなものは酒 / 写真 / 音楽 などなど。
趣味は名言収集。最近の悩みは、会社の人に「太った?」と言われること。



ネパールなんて、名前しか知らない!どこにあるのかも分からない!まったくイメージが湧かない!
そんな国だ。

細かいことはいいから、とりあえず行ってこい。
そんな感じで送り出された。

DA0D42BF-F45C-4E24-B40C-63A72073AA43
アバウトすぎる行程表

※僕らがなぜ海外研修に行ったのかは、ひかるの記事を読んでほしい。

日本からネパールまで15時間

ネパールの玄関口は、首都・カトマンズにある国際空港だ。
日本から約5000km、15時間の長旅を経て、ようやく到着。ガイドの方が出迎えてくれた。

a
トリブバン国際空港での1枚

この時点で疲労困憊。なにせ、海外旅行の経験もほとんどない僕にとって、こんな長旅は初めてだった。地球は広いなと思った。
空港からさらに車で山道を登ること2時間弱、ようやく着いた、人里離れた村。

b
コンビニとかはない

この村で、僕ら新入社員3人はホームステイをする。

もちろんネパールに来たことなんてない、ホームステイもしたことがないという僕ら新入社員3人の目の前には、たくさんの難題が立ちはだかった…。

難題1: 家がボロい

c
人生初のホームステイ先

壁はトタン、地面は土。こんな家、見たことない。

生活インフラと呼ばれる電気・水道・ガスはこの家にはない。電気はソーラー発電で、水道は共同の井戸で、ガスはガスボンベでまかなっている。

部屋はリビングと寝室の2つ。ベッドは違えど、僕はホストファミリーと一緒に寝るという。
僕は環境が変わると眠れないタイプだ。修学旅行の夜はなかなか寝付けなかったりしたが、この家は環境が変わるとかいうレベルじゃない。一睡もできないような気がした。つらい。

e
ホストファザーのカビンドラ。イケメン。

人生初のホームステイにしては難易度が高すぎる。震える。

難題2: コミュニケーションが取れない

どうやら英語は通じるようだが、そもそも、英語でコミュニケーションを取った経験なんてほとんどない。戸惑う僕をよそに、村人たちは気さくに話しかけてくる。

少ない語彙で会話を試みようとするも、ネパール人の英語は独特のなまりがきいていて、かなり聞き取りづらい。
もっとゆっくり、はっきり、分かりやすく話してください、と心の中で何度も念じた(英語では言えなかった)。

f
必死に話してくれるのだが聞き取れない

海外旅行の経験がある人などは想像に難くないだろうが、言語が通じないというのはとてつもなく大変なことだ。僕は日本語でさえ自分の感情を伝えるのが苦手なので、英語なんてなおさら。
心が折れそうになった。音声翻訳アプリで会話してやろうかと思った。

大変なところに来てしまった…。

難題3: 環境が過酷すぎる

着いて早々、労働奉仕の時間だ。
水道がないので、生活用水を汲みに行けという。

井戸は家から数十分の場所にある。ホストファミリーの子どもに先導され、険しい山道を登る、下る。

g
カゴを頭で支えるという斬新なスタイル

少しの運動でも息苦しくなる。
なぜかと思い、後で聞いてみたら、ガイドの方が「あー、この辺りは標高2000mぐらいですからね。」と言っていた。先に言ってくれ!

2000mといったら富士山の五合目ぐらいだ。散歩するみたいな格好で来てしまったが、どう考えても山を舐めている。
見習って欲しくないほうのベンチャースピリットだ。

h
ヒマラヤ山脈を望む絶景が広がる

標高が高いから涼しいのかといえばそうでもなく、日射が強くてとても暑い。
汗だくになりながら井戸まで行った。

i
遊び狂う現地の子どもたち

水を掛け合う!走り回る!叫びまくる!
あまりのアグレッシブさに「気をつけて!!!」と何度も叫んだが、今考えたら日本語通じてなかった。動揺していたのか。

なかなか井戸が空かないので、水を汲むまでに1時間ぐらいかかった。

なんとか水を汲ませてもらうも、タンクは20kgはあろうかという重さ。これを頭で支えて、さっき来た山道を戻るのかと思うと絶望する。
しかし、行かないことには帰れない。同期どうし、励まし合いながら歩を進めた。


村に帰ったのは、出発して2時間ほど経ったころだろうか。
村ではガイドの方や引率の社員の方が談笑していた。彼らはこれからインフラの整ったホテルへ戻るという。

一緒にホテルに泊まりたい、という気持ちよりも、一緒に村でホームステイしていけ!という感情が渦巻く。人は追い込まれると、他人を道連れにしたいと願うのだ。
自分の心の汚さをネパールで知った。

j
日本が恋しい


異国の宴会に参加することになった

その日の夕方、夕日を見てひとり黄昏ていると、カビンドラが声をかけてくれた。

「तपाईं मान्छे को लागि स्वागत पार्टी के !!!」

ネパール語だ。テンションが高い。酔っ払っているのか、顔が赤い。
酒の気配を感じた!黙ってはいられない。飛び起きた。

カビンドラと一緒に広場に行ってみると、十数人の村人たちが集まっている。思い思いに雑談をしたり、酒を飲んだり、作業をしたり。現地のリアルな生活がそこにはあった。

いきなり輪に入れるわけもなく、どうしたものかとそわそわしていると、カビンドラが怪しげな酒を勧めてくれた。
自家製だというそれは、白く濁っていて、匂いはマッコリか日本酒のような感じ。

k
今振り返って、よく飲んだなと思う。怪しい。

ガイドの方には「現地の人が飲む水はお腹を壊すので絶対に飲まないでください」と何度も言われていた。酒も同様だろう。
ここは断固として飲まないのが正しい。

もちろんそうしたかったが、やはり断るのも申し訳ないという気持ちになる。
なにより、酒を飲めば、この状況をもっと楽しめるようになるのではないかと思った。酒に逃げたかったのかもしれない。

気持ちを固め、ええい!と口をつけてみると…


……美味しい!


思ったほどにクセはない。アルコールの風味がキツめなものの、ネパールのコメの風味がしっかりと感じられる、美味しいお酒だ。
カビンドラにお酌をしてもらい、2杯3杯と飲んでしまう。

ネパールで飲みニケーション

僕はもともと酒が好きなのだけれど、異国の地で、異国の人と飲む酒は、言葉にできないほどに味わい深かった。

s
「飲みなよ!!」

よく、人間は、味覚以外でも食事を楽しむというが、まさにこういうだと思った。
見なれない文化や習慣、独特な少し乾いたような匂い、人工的でない耳障りの良い音。そういった五感で感じられる情報のすべてが、「あー、俺、今ネパールで酒飲んでる!」と思わせてくれる。



一度打ち解けてしまえば、そこはとても居心地が良く、楽しい空間だった。
急にネパールのことを身近に感じられるようになり、愛着も湧いた。さっきまで他人だと思っていた人が親戚だと分かって親近感が生まれるような、不思議な感覚だ。

酒の力も借りて、村人たちと談笑し、たくさん写真を撮らせてもらった。
とてもいい写真が撮れた気がするのは、やはりその時の記憶が自分の中で素敵な思い出になっているからだろう。

t
はじけるような笑顔。持って帰りたい。


ココラブル社員代表として学校を訪問

次の日、ネパールを楽しむ余裕が出てきた僕らは、ホストファミリーよりも早起きをして朝日を見に行った。すっかりネパールでの生活に順応している。

その後の労働奉仕の水汲みも楽しんでこなし、昼過ぎ、学校訪問の時間だ。

この山奥の村には学校がない。ここから一番近い学校は、山道を2時間ほど歩いた先にある。村の子どもたちは、毎日そこに通っているのだ。

l
学校へ行く子どもたち。しっかり制服を着ているのだ。

今回の研修に際して、ココラブルは、その学校にソーラーパネルを寄贈した。
これまでその学校では、日が暮れれば薄暗い教室で授業を行っていたという。クーラーが整備され快適な環境で勉強に取り組める日本の学生のなんと幸せなことか。
太陽光発電ならば、大規模なインフラ整備の必要もなく、電力を届けることができる。日射も強いので、安定した電力供給ができることだろう。

学校に着くと、生徒の皆さんが揃って歓迎してくれた。

m
こんな経験がないので気恥ずかしい

こんな山奥に日本人が来ることなんてないという。なにせ日本からここまで丸一日かかる。山道は険しく、道路も整備されていないので、たどり着くのは容易ではない。研修でもなければ来れない場所だ。
貴重な機会に感謝するとともに、日本人のイメージを悪くしてはいけない!と気が引き締まる思いだった。

英語すら通じない子どもたちとの交流

ソーラーパネル寄付の式典を終え、我々3人は生徒の皆さんと交流することになった。
3人それぞれ各クラスの生徒さんを受け持ち、遊んだり話したりして欲しいという。

英語すらも通じないらしい。
しかし、ネパールで数々の理不尽を受け入れてきた僕らには、もはや怖いものはなかった。

n
ゲームをしたのだが負けた。悔しい。日本に帰って一人で練習している。

歌や踊りを披露してくれるので、こちらも負けじと応戦する。

フラダンスをしたら爆笑してくれた。日本のカルチャーじゃなくてごめん。日本の踊りができなかったんだ…。
日本の歌を歌ってくれと言うので、森山直太朗の桜を歌った。日本の歌謡曲のメロディーって、多分ネパールの人には耳慣れないものなのだろう。珍しそうに聞いていた。

交流する前は「どんなことをすれば楽しんでもらえるのか」ということばかり考えていたけれど、気づけば自分が一番楽しんでいたかもしれない。


最後に、学校の関係者の方からお礼のランチをご馳走になった。

o
おもてなしが嬉しい

こんな山奥にある学校を運営していくのは本当に大変な苦労があるのだと思う。それでも、現地の子どもたちにはなくてはならないものなので、誰かがやらなければならないことだ。
先生方には頭が上がらない。

ホストファザーとの語らい

村に帰ったその日の夜、お世話になったカビンドラと晩酌をしつつ話をした。

2日間を通していいところがたくさん見えたネパールだったが、もちろん大変なことはいろいろとある。

実はネパールでは2015年に大きな地震が発生している。死者は約9000人、首都のカトマンズを中心として、甚大な被害が出た。
この村でも地震の影響は大きかったという。ホームステイした家は、実は地震で倒壊したものを村人たちが再建した家だった。家族を失った人はいなかったようだが、心の傷はまだ癒えていないのだろう。悲しそうに話すカビンドラの表情が印象的だった。

p
「家族と暮らせて幸せ」と言っていた

数年前までは、「教育を受ける」ということも決して「当たり前」ではなかったとも言っていた。インフラが整っておらず、教師の数も十分ではなく、国からの補助金が潤沢ではないので、学校の運営が難しい。
ネパールは識字率も66%と低い。近年やっと教育が整備され、子どもたちが安心して学校に通えるようになったと嬉しそうに話していた。しかし、学校の教材が充実しているわけでもなく、教師の質が高いわけでもない。ネパールの教育はまだまだこれからなのだ。

q
子どもたちと。頑張って勉強してほしい。

この山奥の村に暮らす人々は、自分たちの毎日の生活、衣食住を、とても大切にしている。食べ物を無駄にして捨てたりはしないし、洋服だって縫い繕って長く使う。家は家族や近隣の人と協力して建てて、壊れたところがあれば直す。
それは、必要なものが、必要な分だけ存在するということなんだろうと思った。

その日の夜、来た時は頼りなく見えた家が、妙に頼もしく見えた。

はるか5000kmの別れ、さらばネパール

次の日、朝起きて水を汲みに行き、ご飯を食べ、迎えが来るまでは村の人たちと話して過ごした。

r
ウルルン滞在記だったら絶対泣いてるやつだ

お世話になった人たちとの別れはつらい。
もっといろいろな話を聞きたかったし、日本のことも知って欲しかった。

何より、これだけたくさんのものをもらったのに、何も返せていないような気がして、不甲斐なさでいっぱいになった。いつか、自分が受けた恩を何らかのかたちで返したいと思った。

ネパールに来る前は、こんな気持ちになるなんて思ってもいなかった。
想像していた以上に一瞬一瞬が刺激的だった。

ネパールが教えてくれたこと

ネパールという国で3日間を過ごし、気づいたことがいろいろとあった。

①「未体験」こそチャレンジすべき
やったことのないことをやってみると、本当に多くの学びがある。
ホームステイも、英語での会話も、発展途上国での水汲みも、現地の子どもたちとの交流も、何もかも初めてだった。だからこそ、刺激を受けたし、自分のチャレンジ力に自信がついた。
チャレンジはいつも怖い。無難な方へ流れてしまいがちだし、僕はこれといったチャレンジをしないまま社会人になってしまった気がする。今後は自分の苦手なものほど思い切って挑戦してみたい。そうすれば、今回のような素晴らしい経験ができるだろう。

②自分の「好き」は強みになる
村の人たちと仲良くなるきっかけは、僕の大好きなお酒だった。お酒が好きで良かった…。
趣味の写真や音楽は、言葉が通じなくても交流が生まれる素晴らしいツールだし、子どもが好きだからと一緒に遊んでいると自然と村の人たちとの信頼関係が生まれた。
自分の意見を主張したり、他人を巻き込んだりするパワーの源は「好き」「やりたい」だと思う。僕はあまり積極的に自己主張ができないのだが、社会ではしっかりと自分を発信していくことが求められると思った。

③協力することの重要性
インフラが不十分な山奥の村でも、人々は助け合って暮らしていた。何か困ったことがあれば誰かに相談するし、相談されればすぐに手を差し伸べる。
一方、僕ら新入社員3人は、不慣れな環境で悪戦苦闘する中で、互いに声を掛け合い、自然と支え合って、幾多の苦難を乗り越えていった。
協働が苦手なマイペース僕だが、協力することで得られるものの大きさは、一人のそれとは比べ物にならないほど大きいことに気づいた。

普通の研修では得られないような感情に出会えた。こうやって海外研修で、海外でしか得られない感覚を得ることこそ、ココラブルが僕らに求めていたことではないかと考えている。


改めまして、ココラブルの新入社員です

改めて、「ネパールの秘境に新入社員を送り込む会社」をどう思うだろうか。
僕はネパールに行けて良かったと思うし、日本の若者にもっとネパールのことを知って欲しいとも思った。

今回の経験が直接的に仕事に活かせるかというと、決してそうではない。
ITとはまったく正反対の世界なので、業務で使えるノウハウが手に入ったわけでもなく、ネパールは人口が少なく経済的にも豊かでないのでビジネスの市場としては期待できない。
しかし、自分の仕事の仕方には大きく影響するだろうなという気がする。

これから、ココラブルで、「未体験」にチャレンジし、自分の「好き」を強みにし、チームのために貢献し、事業を成功させていきたい。

一覧にもどる
ページトップへ