コラム

僕的起業論 7

僕的起業論 7

なんと、2ヶ月以上もの更新をさぼってしまいました。。
重いエントリーはヤメですな。
周りからは「僕的起業論」のネタがつきはじめたのではないかとご心配いただいてますが、
あながち間違いではありません。。^_^;

起業して3か月が過ぎましたが、予想通りのこともあり、予想と全く異なることもあり、
まあ面白い毎日ですが、ようやく少しづつリズムが慣れてきたようにも思います。
今は、個人事業主とほぼ変わらぬ感じですが、この3ヶ月で感じたことを少し。

【予想通りどおりだったこと】
・雑務が多くなりました
  →ま、でもしょうがないので効率化すればOK
・気を抜くと情報のインプット量が減ります
  →情報ネットワークをどう構築するかをまず考えるのが重要
・とにかく考える時間が多くなりました
  →以前は考えてなかったのか、と・・
・華々しいビジネスモデルよりニッチな泥臭い商売に意識がいきます
  →まあ、弱者中の弱者ですから
・どんなものでも拾うという意識がより鋭敏に
  →意地汚い、とも言いますw
・次は人材の採用がキーであることは間違いない
  →だって、今は、誰もいませんから・・・ 泣
・そして、その人財→投資→収益化のサイクルを成り立たせる基本的な財務基盤の確率が必須

【予想と違ったこと】
・予想以上にフリーダムな性格になってしまった
・予想以上に寂しがり屋だったことが判明してしまった
・予想以上にロマンチストだった
・そして、予想以上に商売が好きだった・・・

うーーん、ろくなまとめではない・・w
とにかく今は、正論の中で産まれてくる真っ当な投資判断よりも、
僕たちでしかできない事業の価値をみつけることを大切にしたいと思うようになりました。

そうそう、前回は確か、経営と自己実現と恥の話をしてて、そのまま退職のきっかけを書いたのでした。
自分でやる、ということ、自分がやる、ということ、結局僕はそれを起業という決断に求めたのでした。
そして、それはなんとも愚かしくて恥ずかしい、自己表現や自己実現でしかないということでした。

そう、だからマグマのような祈りのようなこの自我と、バランスを持つような謙虚さと規律を、
僕は持たなければいけないのだ、と思います。

表現者は作品をもって、現在のそして将来の観客に認められることによってのみ、懺悔できる。
ならば起業家はサービスをもって、現在のそして将来の顧客とメンバーのために
全てをかけることによってのみ、”存在を許される”。

「今度は、何のリベンジですか?w」

退職するとき、苦笑をもって聞かれたセリフでした。

「いいえ、今回は何のリベンジでもないんですよ」

その時、答えるセリフは、いつもこうでした。

(続く

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