コラム

僕的起業論 1

僕的起業論 1

少し、更新の間があきました。

その間、何をしていたか、というとベトナムに出張しておりました。
もう6回目か7回目ですが(でもこんなもんか)、行く度に車窓から眺める景色が大きく変わり、国自体成長しているのがわかります。
ベトナムの基本情報を少し。
2009年のデータですが、人口は約8,579万人、増加率が1.2%ですから2011年だと8800万人弱。
9000万に近い人口を擁している国です。
タイが6000万強、マレーシアが3000万弱ですから、かなり大きいボリュームを持つ国だといえます。
驚くべきは平均年齢。2010年で27.4歳。44歳の日本と比べると驚くべき若さを持ちます。
国民1人あたりのGDPはようやく1000ドルを超えたばかりです。
1000ドルを超えた段階から一気に成長が加速されると言われます。
(ちなみに、中国が超えたのは2003年です、一気に成長しました)

んなベトナムに、僕が初めて行ったのは97年で、まだ車などほとんど見なかったような気がします。
その時は、ホーチミンからハノイまで、1か月かけて縦断したのでした。
自分が起業をしたその年に、ベトナムとこんなに仕事をし始めるとは予想もしませんでした。

そう、起業してるのでした。
僕が前職を退職し起業する、と言った時、父親には相当反対されたし怒られました。
子供3人いて、どういうことよ、と。
「私の会社も東京支社を出しましたが1年で5000万の赤をだしました、それをオマエは..」
と。僕の話を聞いて、ますます財布の紐をきつくせねば、と思ったぞ、と。そういうことであります。

1年で5000万の赤って、それはアンタの経営能力がいかがなものなのか、というセリフを飲み込みつつも、キャーーッ!!である。

おっしゃるとおりですね、としか言いようがないですね。
そう、何も言うことがないです。
何なのだ、と。僕ってやつは何なのだ、と。
そういうことであります。

前職ではそれなりの責任と地位と決裁範囲を任されて業務を遂行していました。
熱く心通わせる(恋みたいだなw、そう恋なのです)仲間もいました。
尊敬できる同僚、先輩もいらっしゃった。

なのに、であります。
起業します、とか言ってます。
起業します、とつぶやく36歳を過ぎたおっさんがそこにいるのであります。

もうこれは業としかいいようがない。
どうしようもない何かがそこにあるのだ、と。
それはもう、夢を追うという簡単な言葉では言い表せない、どうしようもない僕のどうしようもなさ、なのだ、とハッキリと断言しておきましょう。

圧倒的な才能を目の当たりにしたことがあります。
これも97年、香港で出会った女性アーティストのスミは、そのエネルギーとアウトプットが僕の想像を超えていました。
彼女の作品は、生々しい素晴らしい輝きをもったもので、何より彼女の存在自体がファンキーでした。
そして、才能とは圧倒的な欠落である、と気づいたのも彼女からでした。
数分前のことを全く覚えていない、自分の身の回りのことが全くできない、そして熱中するとまわりが全く見えない。
しかし、その全てが、彼女の作品の素晴らしさを支えているのだ、とも気づいたのでした。

そして、僕が始めてネットを知ったのは、ベトナムからその香港をめぐり、たどり着いたラオスの首都、ヴィエンチャンのインターネットカフェだった。
その頃僕はバックパッカーで、日本を出て数ヶ月経っていた。
2年遅れのWindows95の垂幕が、もうものすごく自信ありげにはためいていた。
僕はそこではじめてHotmailを知ったのだった。

(続く)

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